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岐阜地方裁判所 昭和43年(む)141号 決定 1968年6月03日

主文

本件準抗告を棄却する

理由

本件準抗告申立の要旨は、

原裁判は、本件被疑事実と、さきに勾留され、期間を一〇日間延長された公訴事実(当庁昭和四三年(わ)第二〇二号公正証書原本不実記載、同行使事件)とは「牽連犯」という密接な関係にあり、捜査が当初から双方の事実について並行され、前記二〇日間の勾留期間中も終始一貫して本件被疑事実の取調もなされているとし、従っていま本件の勾留を許すならば実質上同一事実について法定の被疑者勾留期間を越える勾留を認めることを意味するとして本件勾留請求を却下した。しかし、右両事実はその罪質上通例手段結果の関係が存在するものとは言えず、数罪というべきであり、本件被疑事実は、被疑者を公訴事実について逮捕した当初より明らかであった訳でなく、その後、長尾吉市を逮捕・勾留しての取調により、その容疑が濃厚となったもので、前記勾留期間二〇日の終り近くに至り被疑者に対し、この点の取調をなすに至ったものであるしかも、被疑者が本件詐欺の罪を犯したことを疑うに足りる相当な理由があり、罪証を隠滅する虞も極めて大であるから原裁判を取消したうえ、勾留状の発付を求めるため本請求におよんだ

というにある。

よって按ずるに、被疑者が詐欺の罪を犯したことを疑うに足る相当な理由および被疑者が罪証を隠滅すると疑うに足る相当な理由は一件記録に徴すれば認められないではない。

しかし、本件記録により、本件勾留請求却下に至るまでの捜査の経過をみるに

(1)  昭和四三年二月八日、本件に関する一連の事件について捜査機関の探知するところとなったこと同年三月四日には今井鉱一は司法警察員に対し本件詐欺の被害にかかった事情を詳細に供述していること

(2)  同年三月六日には、公訴事実および本件被疑事実について長尾吉市と被疑者とが共謀の上犯したとの容疑がもたれるに至ったこと

(3)  同年四月三日、被疑者に対する捜査がなされるに至ったこと

(4)  同月三〇日、被疑者および山口茂が公訴事実容疑で逮捕され、同日、被疑者は司法警察員に対し、公正証書原本に不実記載のなされていること自体は自認したが、不動産は長尾吉市から買い入れたものであると弁解したこと

(5)  同年五月二日、被疑者および山口茂について勾留および接見禁止等の請求がなされ、いずれも裁判官によって認められたが、被疑者は検察官、裁判官、司法警察員に対し、本件不動産は被疑者の長尾吉市に対して有する六五〇万円の債権と相殺して長尾から買入れたものだと弁解したこと

(6)  同月四日、被疑者は司法警察員に対し、右弁解を繰り返したが同日、長尾吉市が被疑者と共謀して今井鉱一より不動産を騙取したとの捜査報告書が提出されたこと

(7)  同月五日および六日の被疑者の司法警察員に対する供述は右弁解に副う事実および不動産を長屋敏憲に転売した事実が主であること

(8)  同月六日、七日および九日、江川正秋は司法警察員に対し、もっぱら本件被疑事実について取調べを受けたこと

(9)  長尾吉市は同月八日司法巡査に、九日、検察官に、本件被疑事実について、取調べを受けたこと

(10)  今井鉱一は同月九日、検察官に対し、一〇日、一四日および一八日、司法警察員に対し、公訴事実および本件被疑事実の情況を供述したこと

(11)  同月一〇日および一六日、被疑者は検察官の取調べに対し、公訴事実について登記簿の原本の記載が不実なものであることを認めながら、不動産を乗取ったものではないと弁解したこと

(12)  同月一三日、長尾吉市、江川正秋、長屋敏憲、片桐勇昌の四名が逮捕され、一五日、勾留および接見等禁止が請求されたが、いずれも同日、裁判官によって認められたこと

(13)  長尾吉市は、同月一二日、一四日、一五日、一六日、一七日、一八日、二〇日、二二日、二三日および二五日に司法警察員に対し、一六日、検察官に対し公訴事実、本件被疑事実をともに自白したこと

(14)  同月一四日および二〇日被疑者は「詐欺および公正証書原本不実記載」の罪名の下に、司法警察員によって取調べられたこと

(15)  江川正秋は、同月一六日、一七日、一八日、二〇日、二二日、二三日および二四日、司法警察員に対し、一八日、検察官に対し、それぞれ、本件被疑事実について自白したこと

(16)  同月一七日、被疑者に関し、長尾吉市との共謀による本件被疑事実について、捜査報告書が提出されたこと

(17)  同月二〇日、被疑者は公訴事実について司法警察員に取調べられ、翌二一日、同事件で栄馬了順と共に起訴された。同日、公訴事実は、本件の手段として犯された公算が強いから並行して捜査を続ける必要があるとの検事の報告書が提出されていること

(18)  同月二二日、弁護人より被疑者の保釈請求がなされ、検察官は証拠隠滅の虞れあることの外に、本件被疑事実について捜査中であることを理由に不相当の意見を付した。同日、裁判官が保釈を許可したところ、検察官より準抗告の申立がなされた。右は、同月二四日に棄却され、被疑者は翌二五日に釈放されたこと

(19)  同日、被疑者は出資の受入れ、預り金及び金利等の取締等に関する法律違反の容疑で再逮捕され被疑者は事実を認めた。翌日、司法警察員より右被疑事実について被疑者の取調がなされ、同月二七日、右被疑事実に本件被疑事実を附加して勾留請求がされたが、却下された。同日、検察官より準抗告の申立があったが、同月二九日棄却され、被疑者は同日釈放されたこと

(20)  同日、被疑者は本件被疑事実の容疑で再々逮捕された。被疑者はここに漸く、本件被疑事実についても認めるに至り翌三〇日、検察官の取調に対し、被疑者は本件被疑事実を自白したこと

(21)  三一日勾留請求がなされたが、裁判官はこれを却下したこと

がそれぞれ認められる。

そうすると被疑者を公正証書原本不実記載同行使の容疑で逮捕した当時、すでに捜査機関には本件被疑事実が或る程度判明していたので被疑者は逮捕当初より本件詐欺の被疑事実についても前記不実記載同行使の動機の形で取調べを受けていたもので被疑者は取調べに対し登記名義が架空であることは認めながら、詐欺の事実について否認していたことそして被疑者が公訴事実について逮捕勾留された後は公訴事実を被疑者がいち早く自白したこともあって、もっぱら本件詐欺被疑事実について被疑者および多数関係人に対する捜査が充分になされていることが明らかである。ところで、ある被疑事実についての逮捕勾留を利用して他の被疑事実についての捜査をなすことは法の禁ずるところではないが、本件にあっては、公訴事実と本件被疑事実(これらが一罪であるか数罪であるかは別論として)とは、実質上は同一の社会的事実と目すべきものであって前者の動機事情についての捜査は同時に後者の事実の捜査になる関係にあると考えられるから公訴事実の逮捕勾留を充分に利用して取調べがなされてあるものといわざるをえない。そうとすれば更に本件勾留請求を認めるときは、刑訴法二〇三条以下に規定された厳格な時間の制限が無意味になってしまう結果となる故本件勾留請求は違法というべきである。

してみれば本件勾留請求を却下した原裁判は相当であり、本件準抗告は理由がないので、刑事訴訟法四三二条、四二六条一項後段により本件準抗告を棄却することとし、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 丸山武夫 裁判官 塩見秀則 太田幸夫)

<以下省略>

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